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万葉集の乞食者(ほかひびと)が鹿・蟹のために痛みを述べて作れし長歌二首

)次の、対になった乞食者ほかひびとの二種の長歌 (①鹿と➁蟹) は、全20巻4516首の万葉集の中で特異さが際立っている。

   乞食者・・・祝いや娯楽のための口上・踊り等の芸を売る見返りに食を得ていた芸能民との説が有力  

乞食者の詠うた二首

(・・・・・は省略部分)

 16-3885 ・・・・・韓國からくにの 虎といふ神を生取いけとりに 八頭取やつとり持ち來 その皮を たたみ刺し 八重疊やへだたみ 平群の山に 四月うづきと 五月さつきとの間に 藥獵くすりがり 仕ふる時に あしひきの この片山に 二つ立つ  いちひが本もとに 梓弓あづさゆみ  八つ手挟たばさ ひめ鏑かぶら  八つ手挟み 鹿しし待つと わが居るときに さを鹿しかの 來立きたちなげかく たちまちに われは死ぬべし 大君に われは仕へむ わが角つのは 御笠みかさのはやし わが耳は 御墨みすみの坩つぼ わが目らは 眞澄ますみの鏡 わが爪は 御弓みゆみの弓弭ゆはず わが毛は  御筆みふみてはやし わが皮は 御箱みはこの皮に わが肉ししは 御鱠みなますはやし わが肝きもも 御鱠はやし わが胘みげは 御鹽みしおのはやし 耆いたる奴やっこ わが身一つに 七重花咲く 八重花咲くと 申まをし賞はやさね 申し賞さね  右の一首は、鹿の爲に痛みを述べて作れり。 

 〔注釈〕乞食者・・・祝いや娯楽のための口上・踊り等の芸を売る見返りに食を得ていた芸能民との説が有力  韓國の虎・・・韓國は朝鮮のこと。この国の虎が神として畏敬せられていた。  疊に刺し・・・疊は敷物のこと。刺しは針で縫うこと。  八重疊・・・幾重にも重ねる敷物の意で、重なりの意の「へ(重)」と同音を含む地名である「平群」にかかる枕詞。「韓國の 虎といふ神を生取りに 八頭取り持ち來 その皮を 疊に刺し」は八重疊を言い出すための序詞(枕詞が5字なのに対して6字以上で、特定の語を導く言葉)。  平群の山・・・万葉集では、矢田丘陵(矢田山脈・矢田山系)のことをこう詠んだ。   藥獵・・・主として5月5日に薬草または鹿の若角(生えかわったばかりの柔らかい角)をとること。   櫟・・・イチイガシ(一位樫)のことで、神社に植栽されることが多い、イヌブナ科の常緑喬木きょうぼく(高木)。   ひめ鏑・・・先の鋭い鏑矢  八つ手挟・・・沢山手に持つこと。  鹿しし・・・肉の意で、鹿や猪のこと。  はやし・・・効果あるもの(飾りや材料)  弓弭・・・弓の両端の弦の輪をかける部分。  胘・・・鹿・牛などの胃。  奴・・・下僕しもべ 

 〔大意〕韓國の虎という神様を生捕りにして、八頭も持ち帰り、その皮を畳に作る、その八重畳やへだたみの平群の山で、四月から五月にかけて藥猟に奉仕しますときに、この片山に二本立っている櫟のもとで、沢山の弓矢を携えて鹿を待っていると、そこへ一頭の牡鹿がやって来て、嘆きますにはもうすぐ私は死にましょうが、そうすれば大君のお役にたちましょう。私の角は 御笠の装飾に、耳は御墨壺に、眼は澄んだ御鏡に、爪は御弓の弭ゆはずに、毛は御筆みふみての料に、皮は御箱の皮に、肉や肝はおなますの料に、胃の腑は御塩辛の料となりましょう。年老いた奴の私の身一つに、このようにも七重八重に花が咲くと申しはやして下さい、申しはやして下さい。  

以上は、「日本古典文学大系 萬葉集」(岩波書店)より引用。ただし、注(※)については、一部加筆修正。太字は引用者による

 16-3886 〔意訳〕 難波の江河内湾・河内潟・河内湖のこと)に仮屋を作って隠れ住む蟹の私を、大君がお召しになるということだ。何のためだろうか。歌うたいとしてだろうか。笛吹き、琴弾きとしてだろうか。そんな筈はないが、とにかく仰せを承ろうと、飛鳥に行き、皇居の東の中門から、参内して、承って見ると、馬にこそ絆がかけられ、牛にこそ鼻縄がつけられるのだが、牛馬でもない私をつかまえ、楡にれの皮を沢山はいで垂らされて天日に干された挙句に碓子うすでつかれてしまい、私の故郷である難波の江の濃厚な辛い初塩を持ってきて、陶人すえひとの作った瓶かめに入れて醤ひしお(タレ)をつくり、それをまる干しになった私に塗ってご賞味なさいます。ご賞味なさいますことよ。 右の歌一首は、蟹の為に痛みを述べて作られた。

、大君の贅沢な生活を実現するために鹿が殺される痛みを、➁は、大君の飽食を実現するために蟹が殺される痛みを、それぞれ詠っている。食べるために最少限の殺生をするのではなく、贅沢な生活や飽食のために生命あるものを殺すことは「殺戮」となる。この2つの歌は、それを戒めるものであり、「殺戮」を否定する非戦・避戦の精神が顕現(見える化)したものである。

   なお、戦前、皇国史観に侵された学者(御用学者)は、この2つの歌は「鹿や蟹といった命あるものが大君に食われ、身を捧げることは光栄であり、それと同様に、人民もまた、天皇に身をささげるのは光栄とする思想を歌ったもの」と強引に主張した。

)①の歌の舞台の平群の山も➁の歌の舞台の難波の江も共に生駒の神話の舞台。やはり、非戦・避戦の精神を顕現させる歌の舞台は、その精神の神話化ともされる生駒の神話と同じ舞台がふさわしい。

   参考:(生駒の神話の主人公たる)長髄彦(ナガスネヒコ)と矢田丘陵(平群の山)

 

 

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