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トミ(鳥見・登美・富)・トビ・富雄 

)南北2つの鳥見とみ登美とみ)は中洲なかす/ながす(大和)の入り口にあたる(この地図.jpgご参照)。この2つを抑えることで中洲(大和)を治めていた首長が鳥見(登美)彦・中洲根なかすね/ながすね長髄ながすね/なかすねであった。 

 なお、北の鳥見(登美)は長髄彦の本拠地であり、その守護神(金の鵄トビ)の発祥の地であり、南の鳥見(登美)は長髄彦軍とイワレヒコ軍が再度あいまみえ、金の鵄が飛来したところである。

トビ・トミ=ナガ=蛇神=化して鳥(トビ) : 以下の項目所収

  ①トミはトビが変化したものトビ・トミ=ナガ=蛇神.pdfご参照。

  ②出雲では、「富」を「とび」と読む(「富村」は「とびむら」と読む)⇒ご参照 富とび神社あり

  (登美彦(長髄彦)の「登美」というのはトビすなわち大蛇神(生駒山の山ノ神であり、登美彦のトーテム)であって、それが時に「化して鳥(トビ)」となった⇒卑弥呼-朱と蛇神をめぐる古代日本人たち-ご参照。

地名としての「トミ」・富雄川<リンク>   トビ/トミ(「神に関する古語の研究」より)

「鳥見」の注として、岩波版日本書紀は次のように記している⇒奈良県生駒市の北部から奈良市の西端部にわたる地域。この地は『続日本紀』の和銅7年11月条に登美郷として現われ、以後平安・鎌倉・室町・江戸の各時代を通じて鳥見庄または鳥見谷の名を伝え、その地内を貫流する富雄川も、もと富河または鳥見川と呼ばれていた。  

(6富雄川とみおがわは、昔、トミ(富・鳥見・登美・登弥・等彌・迹見などいろんな字が充てられてきました/鵄トビから変化したともいわれています)と呼ばれた地域を流れたので「とみがわ(富河・鳥見川)/とみおがわ(鳥見小河・富小川)/とみのおがわ(登美の小河・富の小川)」と呼ばれていたのが、いつしか富雄川と呼ばれるようになりました。日本書紀では、長髄彦ながすねひこが内つ国うちつくに(生駒山地の東側)をわが国といっており、古事記は、長髄彦のことを登美那賀須泥毘古とみのながすねひこ・登美毘古とみひこ表記していることから、生駒神話の主人公である登美彦(長髄彦)の本拠地は富雄川流域のトミ地域(現在の生駒市上町から奈良市石木町にかけての地域)とされています。~「生駒検定 <問20> 生駒の川は神話や伝説、伝承に彩られている」より 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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