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生駒伝承「神功皇后と鶏」と「生駒の産土神の鶏追(とりおい)」

 生駒山(生駒山のことご参照)の東麓に伝わる有名な伝承が2つあります。
神功皇后と鶏」と「生駒の産土神うぶすながみの鶏追とりおい」です。

前者は、神功皇后軍が海のかなたの国とのいくさに向かう途中で生駒に宿営し、鶏に明朝鳴いて出発のときを知らせるようにと厳命したが、次の日の朝、いつまでたっても鶏は鳴かず出発できなかったため、怒った皇后は鶏を生駒川(龍田川上流)に捨ててしまった、との話ですが、ときを告げる有難い鶏がなぜときを告げなかったのが疑問に残る話となっています。

 <もう少し詳しいバージョン>

 神功じんぐう皇后が三韓(古代の朝鮮半島)征伐に向かって暗越くらがりごえ奈良街道(注1)を進軍する途上、生駒の暗峠(注2)の麓に宿営した。皇后は鶏に明朝鳴いて出発の時を知らせるようにと厳命した。しかし、いつまでたっても鶏は鳴かなかった。そのため皇后は出発できなかった。大変怒った皇后は鶏を龍田川に捨ててしまった。しかし、下流のほとりの龍田大明神は、神の使いでありながら流されている鶏を救い上げた。それより、鶏は龍田神社にて人々の清めを司っている(注3)。そして、毎年元旦には神社の裏山から金の鶏の吉兆の鳴き声が聞こえるという。(皇后の宿泊地には諸説ある。また、鶏は早く鳴きすぎた、遅く鳴きすぎた、との説もあるが、要は、鶏は神功皇后が征伐戦争に出発する時を命令通りに知らせなかったのである。) 

   (注1)暗越奈良街道⇒このページご参照。

   (注2)暗峠⇒生駒検定<問13>をご参照。

   (注3)龍田神社の鶏⇒龍田神社の鶏の話ミラーをご参照。***

後者は、生駒(生駒山とその麓)の産土神(その土地を守護する神)は伊古麻都比古神いこまつひこのかみ(生駒を守護する男の神/「都」は「の」の意」)と、伊古麻都比賣神いこまつひめのかみ(生駒を守護する女神)の2神であるが、この2神は、鶏を未明(午前3時ごろ)に追い払った、との話ですが、古来神の使いとされている有難い鶏がなぜ追い払われたのかが疑問に残る話となっています。
***
この2つは、今では別々の話のようになっていますが、もともとは1つの話だったようです(この記事.pdfに、追鶏祭とりおいさいには神功皇后と鶏の伝説が付随している、とあります)。そうすれば疑問は解消されます。この2つを1つの話としてつなげれば次のようになります。

 神功皇后軍が海のかなたの国とのいくさに向かう途中で生駒に宿営し、鶏に明朝鳴いて出発のときを知らせるようにと厳命したが、次の日の未明、生駒の産土神は鶏を追い払うことで、神功皇后軍をして出発のときを聞くことができないようにし、そのため、神功皇后軍はいくさに出発できなかった。

  これで、2つの伝承にまつわる疑問は解消され、それらの伝承の真意が明らかになりました。すなわち、生駒の守護神である産土神は、征伐に加担することで堕落することから生駒の鶏を守護し、また、征伐戦争をすることで堕落することから神功皇后を守護したのです。

この記事は、生駒検定<全国版><問21>生駒伝承解答・解説に掲載されています。

)この2つの話は、戦前、神功皇后が軍神として奉られて(日本人を戦争へと駆り立てていくのに利用されて)いく過程で切り離されて、古来神の使いとされてきた有難い鶏が追い払われたり、川に捨てられるという意味の通じない話にされてしまいましたが、元々は、日本人の集団的無意識たる「非戦・避戦の精神」の系譜に位置づけられる説話です

 また、神功皇后も軍国主義の象徴であるかのようにされてしまいましたが、(4)の生駒検定<全国版><問21>の解説にあるように、元々は平和的国交樹立の先駆者です。隣国との友好がますます大切になってきている今日、神功皇后の人物像の転換が求められています。

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