« TOP PAGEへ | トップページ | 縄文(縄文時代・縄文人)と弥生(弥生時代・弥生人)   »

クサカ(日下・草香・孔舎衙) 摂河泉(摂津・河内・和泉の三国)の大眺望

       クサカの位置は、河内湖かわちこ(深野池)・河内潟・河内湾をご参照。

(4)司馬遼太郎さんは、その著「城塞」.pdfの中で、生駒神話の舞台の1つである孔舎衙坂には現在は阪奈道路が通っており、その途中で眼下にひらける摂河泉(摂津・河内・和泉の三国)の大眺望が「日本のどこよりもすき」と記していますが、そのビューポイントは、この阪奈道路の地図.jpgに「摂河泉の眺望」と印字したところ(その写真.jpg)でしょう<そこで撮影した摂河泉の大眺望.jpg>。

(3)神武東征伝承に記載されている古戦場の「孔舎衛坂くさえのさか」の衛は衙の誤字といわれている。従って「孔舎衙坂くさかのさか」が正しく、駅名には孔舎衛坂駅はあるが、実際にクサエの坂という地名は存在しない。<進藤 治「縄文言語からのアプローチ 『長髄彦』の実像」.pdfご参照>

   1211近畿日本鉄道も混乱していた⇒「孔舎坂」表記の切符<→(このページより引用)>と「孔舎坂」表記の切符<→(このページより引用)>の2つを発行していた(読みは、両方とも「くさえざか」)。

(2)「日下」の地名について

  ③日は草の簡体字だから(草の十の部分を省略したのだから)「日下」は「くさか」と読める、との説あり。

  ②アイヌ語(エミシ語)で「クサ」は「船を着ける」、「カ」は「岸」の意、との説あり。

  ① 「日下」地名について<リンク>

(1)以下、谷川健一「隠された物部王国『日本(ひのもと)』」(2008)より引用

 『日本書紀』で「草香」という字を書いたのを、『古事記』ではその字を使わないで「日下」と書いて「くさか」と読ませたことに、これまで何人もの学者が思いをめぐらせてまいりました。・・・・・たとえば「飛ぶ鳥」と書きまして、「飛鳥」を「あすか」と読ませることはご存知だと思います。それからまた「春の日」と書いて「かすが」と読ませる。これは、「飛ぶ鳥の」というのは「あすか」の枕詞であったことから、「飛ぶ鳥」と書いて「あすか」と読ませるようになった。これらと同様に、「くさか」の枕詞が「日の下」であったと推測できるのではないかと思われます。読み方は、「日の下の草香」は「ひのもとのくさか」が正しい読み方です。・・・・・「日の下(ヒノモト)」という言葉は非常に古くからあり、「日の下の草香」という地名が存在した。そして「草香」を「日下」と書いて「くさか」と読ませるようになった。「日の下(ヒノモ上)という言葉は、物部氏の主力が畿内へ移動した二世紀頃からそろそろ始まったのではないかと思うわけです。

« TOP PAGEへ | トップページ | 縄文(縄文時代・縄文人)と弥生(弥生時代・弥生人)   »