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谷川健一「列島縦断地名逍遥」より<抜粋>       

       (文中の太字は引用者による)

 『魏志』東夷伝倭人の条の冒頭は「倭人は帯方の東南大海の中にあり。山島(この2文字に、原文には付点あり)に依りて国邑をなす」となっている。「山島」という語は、山が海ぎわまで迫っていて平地に乏しい倭国の地形をよく捉えている。日本には大陸国家のように大平原の文明は育たなかった。平原の文明に特徴的なのは人間の力による計画性である。しかし、日本には海山のあいだに自然発生した小集落が村落を形成し、やがて都邑に発達したものがほとんどである。山民、海民のいとなみかから生まれた地名が太古から今日までつづいてきた所以である。

 「山島に依りて」という言葉にふさわしく先史時代から海に漁すなどりし、山に獲物を追った海民、山民の後裔である海部あまべ、山部やまべ・・・・・。

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