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弓矢 それは古代人にとって特別の意味を持っていた。が・・・。

弓矢の発明というのは、人類の歴史を、弓矢前と後に分かつ大きな事件です。その場合、われわれ現代人のいい方だったら、あれは人間が発明した、と簡単にいいますよね。しかし古代人はそうはいわなかったと思うんです。どう思ったかというと、神様が弓矢を与え給うたと。そりゃあんなにしなう竹なんていう存在、人間が作ったものじゃないですから。なんか知らんが人間がこの地上に生まれてみたら竹があった、っていうようなもんでしょう。そういう意味じゃ、まさに神から賜わったものであると考えたでしょう。そして弓矢によって、極端ないい方をすれば、いままでの悲しみの時代が喜びの時代に変わった。これは神様が弓矢をわれわれに給うたおかげである。これが古代人の考え方だと思うんです。<古田武彦『古代通史』より>

)弓矢は、縄文人にとって(1)のように特別の意味をもっていた。つまり、「狩猟道具=命をいただくためのもの」として神から賜ったものであった。しかし弓矢は、「国家」(=統治機関=権力=抑圧機構)Photoというものが成立し始める時代(弥生時代)の到来とともに「武器=命を奪うためのもの」に変質してしまった。それにより、殺戮が始まった。縄文時代の石鏃せきぞくが弥生時代に入って鉄製の鏃やじりに取って替わられたことがそれを示している(右図<クリックで拡大>ご参照)。右図は「NHK 高校講座 日本史 弥生文化と小国家の形成(15.5.1)」(動画文字と画像)より。

 縄文 弓矢は狩猟に必要→石鏃作成

 弥生 国家の成立→弓矢を戦いのための武器に悪転用→鉄製の鏃作成

)参考

 ○弓矢の発明には250万年の工夫の積み重ねが必要だった。

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