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ミニ知識

(7)どういう暮らしの人がどのような世界観を持つかという民族学の成果によれば、狩猟採集民は動物神崇拝と骨からの再生、農耕民は母系原理と祖先崇拝、牧畜民は父なる唯一神と父系原理を持つ。

(6)ピグミーやブッシュマンなど、アフリカの狩猟採集民・・・・・が狩りで仕留めた獲物の所有権はハンターではなく、弓矢ややりなどの持ち主にあるという。ただし道具は頻繁に貸し借りされ、特定の狩猟名人や道具の持ち主が富を独占しないよう分配が工夫されている。<枝雀落語とピケティ教授より引用>

(5)「」は「ミヤコ」であるが、ミは「神」、天皇につける敬称。ヤは「屋」、コは「ここ、そこ」の場をいう「コ」。つまり、「都」は天皇の住まいの所在地をいう。」

(4)「狩猟採集民は放浪の民であり、農耕民は定住者」。そんな固定観念に対し、「事実は正反対である」・・・・・。限られた土地に身を託して子孫を増やし、遅かれ早かれ移動の必要に迫られる農耕民こそ流浪の定めを負う。逆に、獲物の棲息範囲という特定の地域に生活基盤を置く狩猟採集民はあくまでも定住者だ・・・・・。~書評『エデンの彼方(ヒュー・ブロディ著/池央耿訳)』<日経新聞(04.1.18)>より~


(3)三炊屋(ミカシキヤ)姫の名前の音(mik-asi-kiya)に入っているアイヌ語単語群は、mike(照る)、kasi(上)、kiyay(光)。

(2)生駒山最高峰から真西に難波宮があり、磐船神社は難波宮大極殿跡からみて、ちょうど夏至の日の出の位置にあたる。さらに、ヤマトの石上神宮からみると、生駒山の山頂に、夏至の夕日が落ちるのだという(大和岩雄『日本の神々3』白水社)。<関裕二『物部氏の正体』>

(1)日本人にとって大切なお米は、稲穂に雷が落ちなければ、実らないと信じられていた。稲の精と雷の精が結びつかなければ、子=稲穂は実らないという発想だ。そこで、雷光を「稲妻」というのである。<関裕二『いま蘇る縄文王国の全貌』>

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