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直越(ただごえ/じきごえ)の道  

)直越の道(単に「直越」ともいう)は、 生駒山越の峠道のうち、大和国と河内国を結ぶ近道のこと。近道ではあるが生駒山地を横切ることになり、かなり険しい道筋であった。

日下(草香)を上り口とするので、「日下くさか(の)直越(の道)」「草香くさか(の)直越(の道)」ともいう。

   なお、狭義の日下(草香)は、現東大阪市日下町付近をいうが、広義のそれは、西方から見て太陽が昇るように見える場所(ひのもと)として、暗峠西側あたりまで含む現在の東大阪市北東部をいい、「日下(草香)の直越」の日下(草香) は広義のそれである。

   生駒の神話のナガスネヒコとイワレヒコ(神武天皇)が相対した孔舎衙くさかの坂はいずれの直越のことであったは確定していない。

ルート・・・このページの「生駒の古道を示す略図・地図と同ページの生駒の古道等の概念図」 ご参照。  

)次のものがある<北から順に記載>

  龍(竜)間(中垣内)越古堤ふるつつみ街道)・・・古堤街道は、大阪城北側の京橋を起点に、河内平野を横断し、生駒山西側の麓の中垣内から中腹の龍間に至り、現在、龍間の阪奈道路の上り下り車線が合流する付近(昔、峠茶屋 大文字屋があり、今、懐石料理屋 大文字屋龍田川があるところ)で、北と南の道に分かれた。

 北道北ルート北線ともいう/古堤街道・田原線ともいう)は、現山上口インターチェンジ(阪奈道路と信貴生駒スカイラインの交差路/生駒登山口バス停あり)付近で生駒山地を越えて現四條畷市上田原に下りて、天野川源流部の両国橋(河内・大和の境)東すぐの出店で清滝街道に合流して南下し、天野川と竜田川の分水嶺(宛ノ木の少し北の現南田原交差点付記/標高155m)を越えることで田原谷を出て生駒谷に入り、竜田川沿いに南下を続けて傍示の辻(現菜畑駅東側)の少し北で南ルートと出会い合流。なお、レファレンス共同データベースによれば、このルートは北倭村(現生駒市高山町)に通じる、となっていることから、出店から白谷越を経て伊賀街道に合流し、更に東に向かったともいえます。  

 一方、南道南ルート南線ともいう/古堤街道・俵口線ともいう) は、 荒池(現阪奈CCカントリークラブ内)に至り、その南西にある分岐を北東に進んで 現生駒山麓公園付近の上部で生駒山地を越え、同公園を経て俵口に下りて、長福寺・俵口城跡の南付近に至り、そこより東寄りに南下して現生駒駅付近を経て金法寺(弓削王が開基)近くで竜田川沿いの清滝街道に出会ってすぐ南の菜畑の傍示の辻の少し北に至り、そこで北道と合流。

   ☆古堤街道南道へ初めて行く方へ・・・生駒山麓公園から生駒霊園手前までは、山麓公園コースA(観光協会発行地図)という名の遊歩道(ハイキングコース)となっています。この道の一部について記している、このページに記載の概念図<善根寺越・日下越・古堤街道南道(一部)・八丁門越(一部)・宮山周辺.jpgもご利用ください。 

 傍示の辻の少し北で合流した南北道は、傍示の辻で東進し、現生駒と奈良の両市の境界の椚くぬぎ峠で矢田丘陵を越え(椚越)、三碓みつがらすの上鳥見かみつとみ橋で富雄川に出会い、そこより南下し、砂茶屋に至り、そこで暗越奈良街道と合流、奈良三条通りに続いていた<かつては主要路であったが、1914(T3)年の大軌電車(現近鉄奈良線)開通後に急速に寂れた>。 

 なお、南道のみを中垣内越ということもあり、また、南道は生駒越ということもある(ようだ)。

 中垣内・阪奈道路の上り下り車線が合流する付近・山上口インターチェンジ・上田原の記載ある地図 / 阪奈道路の上り下り車線が合流する付近・荒池(阪奈CC内)・生駒山麓公園・俵口の記載ある地図

 八丁門越荒池・八丁門峠越)・・・起点は、古堤街道の南ルートの荒池(現阪奈CC内)南西の分岐 。起点より南東に進むと信貴生駒スカイラインに出会う。ここは石灯籠1基があり、灯籠ゲートという(以前は生駒高原停留所があった)。ここが八丁門峠(382m/大阪府と奈良県の境)<この地図の中心十字線のあるところ>。これは、近世から大正時代初めにかけて最も栄えた古参道の1つであったが、1914(T3)年の大軌電車開通後に次第に消滅、1979(S54) になって県観光課が遊歩道として復元。宝山寺参詣道の1つ。 宝山寺の記載ある地図 

   ☆八丁門越へ初めて行く方へ・・・生駒山麓公園から宝山寺までは、山麓公園コースB(観光協会発行地図 )及び同C(観光協会発行地図)という名の遊歩道(ハイキングコース)となっています。この道の一部について記している、このページに記載の概念図<善根寺越・日下越・古堤街道南道(一部)・八丁門越(一部)・宮山周辺.jpg>もご利用ください。   

 〇 善根寺越善根寺道)・・・現東大阪市善根寺町の春日神社前(地図)から八丁門峠<この地図の中心十字線のあるところ> を越え、現生駒市俵口に至るとされるが、大和国側のルートは不特定・不詳 。これが最短の直越。善根寺町と八丁門峠の記載ある地図 

  ☆善根寺越に初めて行く方へ・・・このページに記載の概念図<善根寺越・日下越・古堤街道南道(一部)・八丁門越(一部)・宮山周辺.jpg>をご利用ください。

 日下越(日下直越)・・・現東大阪市日下町(地図)から生駒山を越える。(厄山)尾根道谷道がある。前者は八丁門峠<この地図の中心十字線のあるところ> を越える。いずれも、大和国側のルートは不特定・不詳。 日下町と八丁門峠の記載ある地図

  ☆日下越に初めて行く方へ・・・このページに記載の概念図<善根寺越・日下越・古堤街道南道(一部)・八丁門越(一部)・宮山周辺.jpg>をご利用ください。

 *「イワレ彦軍は生駒山を越えようとしたが、現在厄山碑が建てられている辺りで五瀬命が負傷し、来た道を退却する途上の龍の口の霊泉で傷を癒した」との言い伝えがあります。この言い伝えに従えば、イワレ彦軍の侵攻・退却ルートこの図.jpgの青線のようになるでしょう。

 〇 辻子づし(逗子)谷越(途中に通る興法寺の山号である鷲尾山に因んで鷲尾越、起点となる河内側の村の名にちなんで打越越・大戸越ともいう/奈良側からは大坂道と呼ばれた)・・・辻子(逗子)谷(辻子谷の記載ある地図) に沿った道を利用して生駒山北嶺(生駒山の峠道では最高所の575m)を越え、宝山寺に至る。興法寺(西の聖天)と宝山寺(東の聖天)に参詣するのが目的の道。かつて、辻子谷には、44両もの水車があった。なお、河内国側のみは大阪府や東大阪市が推奨ハイキングコースとしている(前者のパンフ後者のパンフ)。鉄道網が整備されるまでは盛んに利用された。宝山寺参詣道の1つ。

  ☆コース・・・打越(現門真市)~(恩智川の船便)~大戸郷の石切神社~石切神社上之宮への分岐、ここに起点石「従是 生駒山宝山寺三十六丁/鷲尾山興法寺十八丁」~七丁石三昧尾十三重塔<リンク>への分岐)~興法寺(暗峠の南側の神感寺と共に南朝方の城塞となった山岳寺院)~(宝山寺)経塚リンク>・二十七丁石~三十丁石~三十二丁石~三十三丁石~三十四丁石~宝山寺

    このページに「石切駅のすぐそばより興法寺までの道沿いに四国霊場八十八ヶ寺の本尊と弘法大師像の石仏ペアがそれぞれ鎮座されていて、八十八霊場巡りをしながら「聖天さん」に至るーという構成になっています。」という説明文が、石仏ペアの位置を示す地図とともに掲載されています。

  ☆辻子谷越宝山寺参詣道主要部(石切~宝山寺)に初めて行く方へ

   ・石切(駅)から興法寺を経て生駒(山)縦走コース出合まで・・・「辻子谷コース」という名の、大阪府と東大阪市の公認のハイキングコースとなっており、途中かなり高いところまで入ってくる車に注意する以外に問題はありません。

      途中に「宮山へ」との道標がありますが、宮山(石切神社元宮)への道については、このページに記載の別図B.jpg(宮山(石切神社元宮)周辺の概念図) をご参照ください。 

   ・生駒(山)縦走コース出合(近くにWCがあるところ) から先には注意すべき箇所があるので、このページに記載のg概念図<辻子谷越宝山寺参詣道主要部(石切~宝山寺)>をご参照ください。  

   ・経塚境内南端の階段下から休憩所まで・・・何年か前に篤志家の方々に整備していただくまで不明の道でしたが、20年4月現在では、道標はまったくありませんが、道標代わりにテープでマーキングがしっかりとなされ、踏み跡もつけられており、何か所かにはトラロープまで設置いただいています(感謝申し上げます)。ただ、経塚境内南端の階段下(概念図の<注2>の箇所)は、初めてのときはややわかりにくいかもしれません。そして、このコースの最大の注意箇所が、概念図の<注3>の箇所である「渡渉地点」です。ここは、概念図に明記されている防砂ダムがある河川の上流地点です。テープマーキングを見落とすことなく、確実に渡渉してください。渡渉といっても、雨が降ったすぐあとでもない限り、靴をぬらさず渡ることができます。

  ・休憩所から宝山寺・・・「生駒山上コース」という名の、生駒市公認のハイキングコースです。

 暗越・・・生駒山南嶺(生駒山上南側の山地)にあるが、生駒山地全体では中央部にある暗峠(暗峠の記載ある地図)を越える。暗越をして大坂から奈良に向かう場合、その街道を暗越奈良街道といい、その逆の場合は暗越大坂街道という。なお、暗峠については、生駒検定<全国版><問13>歴史を見つめてきた暗峠ご参照  暗越奈良街道ができた時期レファレンス共同データベースで調べる。 

 *この項目の記述にあたっては、中庄谷 直氏「関西 山越の古道」(ナカニシヤ出版)を参考・引用加筆修正させていただいたところもありますが、文責は記述者にあります。

谷川健一さんの説・・・「草香・日下」「直越」

)参考地図・・・その1.jpgこのページより)  その2<リンク>  その3<リンク> 

(*)参考・・・生駒山のこと生駒山地のこと

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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