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上田正昭・鎌田純一 『日本の神々 「先代旧事本紀」の復権』

 天武天皇は道教を非常に重んじられた。その影響で『古事記』には、道教思想が多い。それに対して『日本書紀』編纂者の間では、一つの必要としたのか儒教的な精神がそこに強く見られる。

 では『旧事本紀』はというと、儒教も道教もまったくない。ですからそういう点では、無宗教と言えるのかもしれません。特にこれは外来の何々の影響というような記事は『旧事本紀』には見られません。

 同様に『古語拾遺』にもそういうものは一切なく、『古語拾遺』が立てようとしているのは、斎部氏の昔はこうだったのだという自己主張であり、その根底にあるのは神祇祭祀を本来の姿へとのことです。

 『旧事本紀』、それは『古語拾遺』のように神祇祭祀上改められるべき事項を、具体的に記すようなことはしておらず、物部氏の出自、職掌、さらに石上神宮に仕えてきた氏族のあゆみを記すとともに、出雲氏の奉斎する大己貴神と大三輪神社(大神神社)また葛城方面に鎮座の神社との関係、さらにその大己貴神より十一世の孫までについて記し、さらに各国国造について記している。

 そういった点では『古事記』や『日本書紀』『古語拾遺』『旧事本紀』、これらはそれぞれ全く別の性格を持っていると言えると思います。これらは共通して何々思想と言えるものでもないし、古い伝承を記しているというところでは共通していますが、それぞれの立場に基づいているということです。

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