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              お断り2019年3月19日にココログが全面リニューアルされました。それにより、スマホでは見やすくなったかもしれませんが、パソコン画面では字が小さくなるなど見にくくなってしまいました。リニューアルに対応するよう努めていますが、それが不十分な点がありましたらご容赦ください。 

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このHPは、「生駒の神話研究会」(連絡先)の公式HPです。

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書き足しを重ねています。その際、新しい記載と古い記載との齟齬は修正するように努めていますが、記事の量の増加により、それが出来ていない場合もあるかと思いますがご寛容ください。

 

このHPまとめの記事

 ~このHPは書き足すうちに大量の情報が載るものとなってしまいました。すべての情報をお読みいただくことは時間がかかります。お時間のない方にもお読みいただきたいものとしてこのまとめの記事を記載いたしました。~

(1)「生駒の神話」とは、生駒を舞台にした神話です。生駒を舞台にした神話には、いわゆる「神武東征」と呼ばれているものがありますが、日本書紀に書かれたその神話の内容の概略は、次の通りです。

 九州にいたイワレヒコは、ニギハヤヒが治めている内うちつ国(生駒山の向こうにある日本の中心/現在の生駒から奈良盆地)を奪うために、瀬戸内海を東に向かい難波の海の東海岸に上陸して生駒山を越えようとした。しかし、ニギハヤヒの盟友であるナガスネヒコによって撃退された。東に向かって進軍したのは太陽に逆らうことになったので敗退したと考え、迂回して太陽を背にして侵攻せんとした。迂回の先々で、先住民を殺しながら、うちつ国に到着し、再度ナガスネヒコと会い見えたが、今度も苦戦した。そのとき、金色の鵄が突然に飛来して閃光を放ってナガスネヒコをして戦わさせなくし、ニギハヤヒがナガスネヒコを殺害して国を譲ったので、イワレヒコは内つ国を手に入れ、神武天皇として即位できた。

 この神話は、一見するだけだと、次のように疑問の多いものとなっています。

  ①古代の日本人は、他者が暮らしている国をかってに奪うことを肯定していたのか。

  ②古代の日本人は、 先住民の生存権を認めていなかったのか。

  ③古代の日本人は、 盟友を裏切る行為を肯定していたのか。

  ④古代の日本人は、 自分や愛すべきもの(この場合は自分が暮らす国の人々)の尊厳を守ろうとしない腰抜けを肯定していたのか。

 上記の疑問は、古代の日本人は、他者の尊厳を認めない、また、自らの尊厳も守ろうとしない人々だったのか、ということを突き付けるものとなっています。この疑問を放置すれば、古代の日本人、ひいては、今日の日本人までもが人間の尊厳を認めない、そこまでは言い過ぎとすれば、軽んじる民族となってしまいます。

 そのことを意識しながら、生駒の神話に関する書物を読んでいたとき、次の2つのことに出会いました。

  生駒市誌の一文「色の鵄は、本来は長髄彦(また登美彦)の側のトーテム(神)ではなかったか。」(ご参照

  これらの論者は、ただ一点重要なことを見逃しているのです。神武東征の際に河内の生駒山麓で頑強に抵抗した先住民とは一体何者であったのか、ということです。この点を不問にしているため、さまざまな重要な問題が不明のままに歴史の闇に葬りさられてしまっている。」<谷川健一「隠された物部王国『日本(ひのもと)』」 より>(ご参照

 上の2つは、 外国向けに日本という国の正統性を主張するためにつくられた日本書紀の作者の作為(「金色の鵄はナガスネヒコの守護神ではない」「ナガスネヒコは賊に過ぎない」とする)を指摘しています。

    記紀の作為はなぜおこなわれたか?

 上の①と②を頭に置きながら、右のカテゴリー「03 参考文献等」「06 資料」に掲載のものを読み調べることで、記紀等によって捏造されて伝えられてきた生駒の神話の元の姿を読み解き、その骨格を復元し、次の生駒の神話のストーリーの骨子としてまとめました。なお、この作業は、生駒の神話(生駒を舞台とする日本神話)を日本人のアイデンティティとして再生するものです(ご参照)。

 ①生駒の神話のストーリーの骨子 

 ②①の【解説付版】 

 ③①は改訂版ですが、改訂前のものを、生駒検定<全国版>の第1問の問題文としています⇒そのWEB版その文書版.pdf

 上のストーリーの骨子は、これらの立脚点)に立ち、これらの留意点を踏まえこれらの資料を根拠に設定した「生駒の神話」の枠組み(パラダイム) に沿って、打ち出したものです。打ち出す際に作成した、ストーリーの青写真が「生駒の神話(国譲り神話と長髄彦神話)<概説>.pdfです。

   )立脚点の1つが、邪馬〇国の名称・所在地論争に終止符を打つ論である 邪馬台国・狗奴国(日向政権)・大和政権・神武東征

(2)ストーリーの骨子の【解説付版】をお読みいただければお分かりのように、元の生駒の神話は、上記の疑問を抱かせるものとは全く反対の内容をもつ神話で、未来(つまり今日)に向かって、次のようなメッセージを発している神話です。

 ①生駒の神話と現在  

 ②<ナガスネヒコの守り神「金の鵄」はなぜナガスネヒコが戦うのを止めたのか?>これが、日本神話の最大の謎であり、その答が本当の生駒の神話の真意(元の生駒の神話の内容)であり、現代・未来への最大のメッセージとなっています。

金の鵄」が飛び立った生駒は、非戦・避戦の精神の発祥の地といえます。 

(3)記紀神話は、神武東征のように特定の人・勢力が作った(捏造した)ものですが、「生駒の神話」は「特定の人・勢力」ではなく「人々」がつくったものでした。それでは、なぜ人々はそれを作ったのでしょうか。

「生駒の神話」はなぜつくられたのか。

 

その他、このHP各所に掲載の記事の中で、できればお読みいただきたい記事

生駒の神話は、

 ①縄文から弥生への交代期のショックで発生した長髄彦伝承を基にするもの(ご参照.pdf)。

 ②縄文から弥生への移行期における里山の誕生の過程を反映したもの(ご参照.pdf )。

 戦い忌避神話であり、戦い忌避伝承である生駒伝承と符号・共鳴しており、「縁起の法」の神話化であるとも考えられる<縁起の法ご参照>。

生駒の神話のストーリーの骨子を打ち出すために参考にした資料のうち、最低限、目を通していただきたい資料

 ①生駒の地理、古道、古蹟、地名の位置がわかる地図、地形が分かる写真

 ②生駒市誌  富雄町史  先代旧事本紀  古史古伝

 ③村井康彦『出雲と大和―古代国家の原像をたずねて』.pdfこの書物が画期をなす理由・この書物を読むための基礎知識.pdf紹介記事

 ④嶋恵「古代の地形から『記紀』の謎を解く」.pdf→右図が表紙07

   下記のような立ち位置で著されたことにより、この書物もまた記紀神話を読み解く上で画期をなすものとなっています。

   立ち位置:「神話や由緒には創作や事実を脚色したものが多く、事実がそのまま記されているわけではないのですが、全くの作り話というわけでもなく、何らかの事実を元に再編したり都合よく脚色したりして創られているようですので、その中に含まれている「事実の欠片」と思われるものを拾い出し、古代の地形地域の伝承地域資料に残されている事実や世界の歴史などと照らし合わせてみると、『納得できなかった教科書の歴史』とは全く違う歴史が納得できる形で表れてくるのです。」(14.10.17のブログより)

生駒の神話の舞台について・・・生駒の山生駒山地矢田丘陵(平群の山)西之京丘陵(京阪名丘陵・跡見の岳)豊秋津洲とは、まだ島・半島であったときの生駒のこと

<生駒市「神話と里山の都市」構想を策定・提案・広報している大事なことは皆で考え決めよう会と連携協力しています。>